行政相談所(児童相談所・婦人相談所・女性相談所)は相談所ではない

行政相談所(児童相談所・婦人相談所・女性相談所)は相談所ではない!


閲覧される方や読まれた方の中には掲載記事そのものに疑問を
生じたり、ある思想や宗教的な背景があるのでは?などと考え
逆に疑いを持つ人もいるかと思います。

しかし、私たちを初めとして多くの家族や女性、児童が相談所
の悪意悪行で苦しめられて悲壮な目に遭った事は事実です。
論より証拠で当方は相手側にネット上などで実名の団体名や、
人物名などを公開している事実を予め告知した上で、既に1年
以上の期間がありながら何ら反論や意見、クレームなどを
申し立ててこない事実を明確に知ってもらいたい!

婦人相談所(女性相談所・女性センター)や児童相談所など
強力な権限や職権などは持ち合わせているが、あくまでも
子供や女性に関してが分野であって、このような事項には
無効であること、そして仮に更に争いを持ち込むと公的には
外部に言えないような事実の発覚や法律に違反する違法行為
や公務員としてふさわしくない事実、行政として目的に反する
異常な行為、弁護士や裁判所などを巻き込んだ数々の虚偽など
結果的に暴露してしまう事態になるからである。

つまり、利益追求のネタは他に多く存在しているのが現実で
もしかしたら、おいしいネタである悪行が今後、出来なく
なったり懲戒処分などを受けるよりも無視状態にした方が
彼らにとっては有益だと考えているのだと思えます。

また、DVや虐待、家庭内暴力の増加などを正当に社会に
訴えて違法な悪業を正当化し行政の信頼を隠し蓑にして
自己の利益を追求する方が得策であるのでしょう。

昨年度の全国の児童相談所強制捜査強制執行にて
児童虐待を未然に防いだ事例は、わずかに一件である。
昨年度(平成21年)では全国で約4万4千件あまり
の外部からの通報や情報提供があったそうです。相談所
は自己利益の大小やリスクだけを考えて本当に児童の
虐待や女性を含めた暴力などに介入するかをしたたかに
考えて行動しているのが現実です。

小学校就学前の幼児などは世話や手間隙、費用がかかる
ために自己利益が薄いので極力、介入しない傾向が強い

虐待などで死亡事件が発生するとその殆どの事件では
予め児童相談所は虐待の事実を予め事前に認識しており、
「強制的にできなかった」「親が面会拒否を続けた」等
を各地の児童相談所職員や所長はマスコミの前で言う。

その時の事件被害の児童の多くは小学校就学前の幼児が
殆どであり、その他は何らかの理由にて彼らにとって
リスクや負担が大きい場合が殆どである。

昨年度の強制執行に事例にあるように相談所所長がもつ
職権や権限は(子供・女性に関して)都道府県知事や
警察、裁判所よりも強力で有効なのである。所長の発令
で警察を動かす事も現実に可能なのです。

例えば児童相談所に子供と面会するために出向いて、
子供が親に会いたい意思があっても、児童相談所職員が
勝手に「子供は会いたくないと言っている」と既成事実
をつくり面会を拒否しても第三者機関の警察や裁判所へ
児童相談所職員が言った事や記録した事が正規になって
しまう奇奇怪怪な事実がある。

つまり他に公正な監視や管理を行う機関や部署などが
存在しない為に、児童相談所、婦人相談所(女性相談所)
などは権限や職権を悪意に悪用すると事実と全く異なる
違法で人道的に外れた事実があっても公に正当かつ正常
な行政機関の対応や職務内容とされるのである。

結婚をして家庭を持ち、妻子がある職員が、
「離婚」や「家族離散」などを平気に勧める相談所は
異常以外ない!当然ながら、相談所職員は女性や子供に
平気にそんな事を勧める事はできても絶対に自分や自分の
家族には勧める事は絶対にしないはずである。

婦人相談所や児童相談所のホームページなどを閲覧すると
DVや暴力、虐待を異常なほどに訴えています。一見すると
立派な内容であるが、DV・暴力・虐待が必ずどこでもあり、
特に夫、男性は必ず起こすと迷信的な表記がとても多い。

一時保護を大義名分にして外部との連絡不通状態、携帯
電話や金銭、その他の貴重品を盗難防止や規則などと言う
名目にして、ほぼ監禁状態にして数週間から数ヶ月にて
非現実的かつ迷信的、妄想的な危険思想を強制的に教育、
時には強制・脅迫を用いて洗脳状態にしていきます。

一昔前の新興宗教団体の悪意とほぼ変わりません。
当然ながら正常な社会的な判断が可能な成人でも精神や
心身に異常がでます。それでなくても特に女性の場合は
相談所に出向く状態時には既に精神的にも不安定であり
正常な判断力が出来にくい状態であるから、洗脳教育が
行われ、監禁状態が続くとほぼ重度の精神病疾患患者の
病症状態と何ら変わりません。これについては児童相談所
についても同様で婦人相談所でも十分に可能性はありますが
精紳をコントロールする薬物などを用いる危険な手段まで
使って行っている報告も多くあります。

共産主義国家や軍事主義国家が国家レベルで信じられない
ような危険な思想に基づく行動や発言、手段を秘密裏に
行うことが多くあります。当然、国家レベルでの行為で
あるが故に仮にその事実が知られても、誰も意見も言えず
また、情報操作や秘密工作は容易に出来ます。

行政だから「安心・信用できる」などと言っても、
与えられた職権や権限を悪用することで悪意ある悪業は
民主主義・法治国家である日本でも十分に可能です。

その危険思想や異常な行動などは某弁護士が証明しており
その時に裁判所の命令にて児童相談所の家宅捜索などが
現実に実施されて、悪魔のような資料や関係者の発言など
が公に公表されました。

多くの方々には、このようにして日夜、日本全国にある
児童相談所(家庭相談所)、婦人相談所(女性相談所など)
は危険な思想をもって、与えられた職権や権限を自己利益
追求のために悪意に乱用して悪業を続けています。

日本国の各行政機関で第三者的な公正を監視・管理する
機関が不在な状態である事実と、不合理で抜け穴が多い
法律のために悪業・悪事が広く蔓延しています。

アメリカなど他の国では同じDV防止法でも公正な第三者
の機関が監視と検証をして上で、裁判所に良識ある判断を
求めています。日本のDV防止法や児童虐待防止法では、
その大切な点が欠落していて、悪意のある者はそれを
悪用しているのが現実です。

本当に数多くの家族や女性、子供が悲惨な事になっています
しかし、国民の人口比でいう数ではほんのわずかな数です。
しかも、後日の反論や意見ができない環境にある者や、
できなくなってしまう状態に陥るように悪意に仕組んでます

こんな悪事・悪業をしている行政の相談所は要りません!

佐賀県:「佐賀県の児童相談所・家庭児童相談室」の悪行と真実

http://www.pref.saga.lg.jp/web/kurashi/_1257/kf-jidou-bosifukusi/jidousoudansyo.html

佐賀県児童相談所・家庭児童相談室

児童相談所佐賀県庁HP掲載文より) 
 
 児童相談所は、児童が心身ともに健やかに育ち、その持てる力を最大限に発揮することができるように、児童とその家庭等を援助することを目的としている児童福祉の第一線の機関です。

  医師・心理判定員・児童福祉司等の専門職員が、児童に関するさまざまな問題について相談に応じ、丁寧にアドバイスします。また、必要があれば調査や医学的、心理学的及び精神保健上の判定を行い、その結果に基づいて児童やその保護者に対する指導などを行います。


約二年間に渡って、親などに極秘にて子供に接触を行い、
佐賀県中央児童相談所職員(香月正広)は所長の杉光克博と結託し



子供に接触の度に、
・親の言う事をきかない ・親に対して反抗する
・親が激怒する発言や態度をとる ・両親(夫婦間)を喧嘩させる
佐賀県中央児童相談所施設内の一時保護施設入所を推奨
児童養護施設入所への強力な勧誘 ・虚偽・既成事実の創作と告発
・事実と異なる虚偽を事実の様に子供に言う ・飲食物等での引き寄せ




その他、これらの本当に信じられなく、福祉士・公務員として、人間として絶対に許せない
行為や発言などを多々行いました。明らかに異常行動や異常な発言をしている子供を医師や
心理判定員などを利用して正常な判断ができる健常者と言いました。一例を挙げれば飼い犬
の体毛や肉を削ぎ工作用の絵の具で染色をしたり、在る物(事)を無いと言い逆に無かった
物(事)をあったと言う「明らかに(精紳の)異常を疑う」子供を検査することで通学する
学校の教師・教諭からの勧めがあって佐賀県中央児童相談所に出向いた所、直接的な観察を
したいと児童相談所職員が申し出たので2週間を目安にして子供を預けました。しかし、
佐賀県中央児童相談所は子供の異常性や家庭や他の人間との不和の為に精神・身体などの
検査が目的で子供の身柄を預けたにも関わらず、何時の間にか普通の家庭でも行われる躾的な
親の注意や発言が「虐待」、問題は親子間の不和などと主張して、それらを理由にして所長の
権限・職権を乱用・悪用して家庭から離散・隔離、一時保護延長を行いました。

○家庭児童相談室 (佐賀県庁HP掲載文より) 
 
 
家庭児童相談室は、福祉事務所に置かれ、専任の相談員(家庭相談員)が、児童やその家庭に関する相談・指導を行っています。子どもの発達やしつけなど、家庭における児童養育の技術的なことがらや人間関係、家庭教育、その他児童の福祉の向上に関するさまざまな悩みの相談に応じます。


子供を無茶苦茶な正当な理由なき理由にて児童相談所所長(杉光克博)の職権・権限の乱用と
悪用で子供を違法に取り上げて、元々以前より精神病や自殺企図、狂言事件などを起こしている
母親(妻)に佐賀県中央児童相談所職員の香月正広は子供をネタにして不用意に接触を行いました。

精神病的な異常がある者に対して、精神状態悪化を増進させる発言などを幾度も行い、更に虚言や
脅迫を同時に行いました。そして精神状態が不安定で悪化した母親(妻)に対して隣接する佐賀県
婦人相談所に出向くように強く指導を行い、虚偽や脅迫を交えて家族離散・夫婦離縁を強く唱えて
親権を取り上げて、子供を児童養護施設へ(裁判所や親の承諾なしで)入所、さらに里親へ出す
段取りを佐賀県中央児童相談所の杉光克博と香月正広は行いました。

そして母親(妻)を佐賀県婦人相談所、一時保護施設に約一ヶ月間において監禁状態にしてその間に
家族離散、夫婦離縁を強要させて、ほぼ洗脳状態にしました。更に理由無く県外の施設へ移送させて
自己では簡単に帰れない状態までしました。

母親(妻)は発達障害アスペルガー症候群があります。子供は母親(妻)からの遺伝性の要素が
要因で同様の障害があるようです。ですからアスペルガー症候群の二次障害が発症・悪化した状態
統合失調症重度患者と同等もしくはそれ以上にひどい精神状態であり、異常な行動も起こします。

児童の発達障害アスペルガー症候群を取り扱う佐賀県中央児童相談所は一般の人よりもその障害
については熟知しており、また逆にどうすると病症が悪化するかなども知っています。
日本ではアスペルガーについて現在でも正確な知識を知っている人や医師も稀な状態です。
一般的にあまり知られていない障害までも佐賀県中央児童相談所佐賀県婦人相談所は悪意に
利用しました。これらはすべて子供や女性を一時保護や保護施設に入所させると年間に巨額な
助成金という領収書なしで施設管理者などが自由に使える金銭が国庫から出るからなのです。
当然ながら、施設の運営や管理費用などは毎年度、別途に支給されています。

杉光克博所長や香月正広は民間よりも安定し、金額も多い毎月の給与と賞与を貰っています。
しかし、子供や女性(婦人)を保護すると入手できる(領収書不要の使途自由な金銭)お金
の為に本来は正当な理由で発令する特別な権限や職権を自己利益の為だけに乱用・悪用してます

家族・夫や妻・兄弟・姉妹が普通にいる職員は、家族離散や夫婦離縁を自己の欲の為だけに、
自分では絶対に出来ない「家族離散や夫婦離縁(離婚)」を勧めて、また強要・強制させます。

稀に児童相談所は(虐待や暴力と仕立て上げた親)親が面会や話し合いに児童相談所に訪れて
来た時に「机や備品を叩いて、大声を出して逆切れした」などとマスコミを通じて報じています。
しかし、このような理不尽かつ既成事実を創作した理由で子供や女性を取り上げられればどんな
親でも人間でもそのようにするはずで、それが普通です。

児童相談所は小学校就学前の幼児にはあまり関心を示さない傾向があります。それは仮に保護を
行った場合に、小学校に就学した児童と比べて「手間隙・世話・経費」がかかるのが理由です。

児童相談所は本当の児童虐待などで死亡した事件で「以前から(虐待・暴力の)事実を認識し、
形式的な一時保護など」をしていても、実際に死亡事件などが発生するまで無関心なのは
その為です。 その多くは小学校就学前の幼児や、何らかの理由で面倒と判断した児童です。
また、児童や幼児、子供の虐待での事故が発生する事で、いくら悪業をしても自分たちの
正当化と今後の行動がやりやすい。絶好なPRとしか考えていません。

これらの事実を詳しく知りたい方は、過去の記事を最初からぜひ読んでください。

結果的に子供や妻は、学校の進学や将来を全て駄目にされて社会的な信用をすべて失い、
経済的な巨額な損失、仕事、すべてを失ってしまって精紳状態の悪化、自殺企図(未遂事件)
まで散々な目に現実に遭ったのです。しかし、行政である佐賀県をはじめ佐賀県中央児童相談所
佐賀県婦人相談所、鹿児島県婦人相談所、鹿児島県鹿児島市錦江寮などは「自己責任」と言って
こんな非常なことをしておいて責任転嫁と意味不明な言い訳をしています。

更に福田恵巳弁護士は佐賀県婦人相談所と結託して法テラスを流用し悪行をしました。
明らかに空想で既成事実である虚偽内容の申し立てを佐賀県家庭裁判所に提出しました。
精神状態悪化、正常な社会的な判断力が無い状態の者に理解が出来る説明など一切しないで
契約証や委任状に署名・捺印をさせました。また弁護士無料相談を偽って無料相談の日でも
時間でも無い時に佐賀県婦人相談所を介して福田恵巳弁護士に会わせました。これは弁護士
に関する法律に違反する犯罪行為です。本人の意見や考え、意思表明といわせて裁判所を
悪用して違法な手段で委任状を作成しました。過去に(警察介入の)狂言事件や数々の
異常行動など、自殺企図の履歴を有する者を正常な社会的な判断力ができる成人と言う、
福田恵巳弁護士と佐賀県婦人相談所は異常としかありません。

児童相談所や婦人相談所(女性相談所・女性センターなど)が行っている所業は
罪も無い人を陥れて冤罪を創り上げ、与えられた職権や権限を乱用・悪用して
子供や女性を拉致・誘拐・監禁しているとしか言えません!

子供や女性に関して、都道府県知事や警察・裁判所よりも強力な権限や職権を
三者の監視が無い状態で与えているので、このような悪行が堂々と行使できるのです。

一般的な国民は「行政に対して絶対的な信用・信頼・安心」があります。
それらを逆手に取り、既成事実や都合の良い虚偽を用いているのです。



$婦人相談所撲滅のブログ (佐賀県中央児童相談所と佐賀県婦人相談所・悪徳離婚弁護士らに家庭を崩壊された体験記)-佐賀児童相談所 佐賀婦人相談所 佐賀女性相談

フェミニズムの害毒 第一章 理想を見失ったフェミニズム (2)

フェミニズムの害毒
  林道義草思社、1999.08/30。



第一章 理想を見失ったフェミニズム

 「主婦の復権」という本を書いて、多くの主婦から手紙を
 貰った。その多くが、 「救われた」というもの。

 専業主婦の多くが、女性の味方である筈のフェミニスト
 よって、どれほど圧迫され疎外され苦しめられているかが判る。

 今では、女子大生の方が、専業主婦願望を持っている。
 これは立派な、保守回帰現象である。

 1998.4/8、読売新聞、小倉千加子の意見。

 女子大生の専業主婦指向を評して、
それは、「自分に正直に生きる」事を捨てて、
 親や社会の願望に妥協した生き方 だと批判。

フェミニズム中心の視点でしか物事を見ない姿勢。

 四十代後半の女性は、働けイデオロギーを受けて育った
 世代だ。保育所に預けられて育った学生たちが、どう
 思ったか。多くの者が、「母がいなくて淋しかっ た」
「私は家にいてやりたい」と語っているのだ。

 母親は、「何不自由なく生活するため」
 「自分の能力を活かすため」に外で働 くと言う。

そうやって育てられた娘は、
 「生活が不自由でも、母が家にいてくれ た方が良かった」
 と語る。母親の就職は、生活の為とは限らない。
 夫や、姑との軋轢を避ける為のもので あったかも知れない。

家族の問題を解決せずに、生活の為だとごまかすと、
 子供の母性飢餓は大きくなるばかりだ。

娘たちは、「ランクを落とすのはいや」とは 言わない。
 「貧乏でもいいから」と言っている。

 もうひとつの不満は、男女雇用機会均等法である。
 これは女性が男性と同じ調子で働く事を求めている。

総合職について、身も心もボロボロになって辞めた者が
 数知れない。

均等法は、公務員の女性の感覚で作られているので、
 民間企業 の男性の過酷な労働条件についての認識が
 不足していたのだろう。

 仕事の傍ら、著述や文化サークルを楽しめる環境とは違う。

 性別役割分担の否定が、そもそも間違っている。

 どう考えてもおかしいのは、フェミニスト

 「介護保険制度」に関して「家族介護者への現金給付」

に反対している事である。

 反対論者の意見は「嫁の立場にある女性をはじめ、
 女性が介護に縛られる状態が改善されるどころか、
 ますます強められる」というものである。

 確かに嫁だけに介護を押し付けるは不合理だが、
 それに反対するのに家族介護そのものを無くして
 しまえとするのは乱暴に過ぎる。

それでは、嫁でなく、娘が介護するケースさえ否定して
 しまう。最近では、男性も、自分の妻や母を介護したい
 という人が増えている。
 そんな人の気持ちまで踏みにじってしまう。

要するに、自分達だけ、幼児や老人を捨てて外に
 働きに出るタイプの女性だけ救われたら良いという心理。

 嫁に介護を押し付けて はならないからと言って、
 家族介護まで否定するのは、
「産湯とともに赤子を流 す」ような行為である。

 介護保険制度の先輩であるドイツでは、
 家族介護者にも現金給付がある。

 半額 になるが、六割の人が希望する。
 私は、全額払うべきだと思う。

 フェミニストが公的介護制度を作り、
 そこから家族介護を締め出そうとするのは、
 フェミニストの多くが、独身だったり、家族を捨てたり、
 子供と疎遠になっている事と無関係ではない。

家族を捨てた彼女らは公的介護に頼らざるを得ない。
だから、専業主婦が憎いのである。
 しかし予算も不足すると家族以外に頼れるものはなくなる。

フェミニストは、経済的自立基盤のない専業主婦は
 ゆくゆく困ると言うが、ゆくゆく困るのは家族を捨てた
 彼女達の方ではないか。

 フェミニストの志の低さを露呈している例が、
 「主婦いじめ」である。

「ふざけるな専業主婦」「くたばれ専業主婦」
 なる本まで出版された。

多くのフェミ本では、主婦は家畜、奴隷と蔑視されている。
そういうフェミニストの方が、売女、 女衒、売春婦、
コールガール、魔女、鬼婆である。

 制度的な主婦いじめさえ行われている。
 「主婦に年金の保険料を支払わせよ」

「税金の配偶者控除をなくせ」というものである。これは、
 個人を単位として、夫婦を単位としない思想の産物である。
 年金も、税金も、世帯当たりで計算すれ ば公平になっている。

 専業主婦は少しも優遇されず、働く女性ばかりが優遇されて
 いる。保育所に預けられている子供については、自治体から
 高額の補助金が出ている。
 しかし、誰もこれを不公平だとは言わない。

 ゆとりを持って生きる者がおとなしいのをよそに、
 あくせく生きる者ばかりが補助や給付を受けるのは間違っている。

 フェミニズム運動は、女性全般ではなく、「外で働く女性」
 という一グループ の利益代表団体に後退している。

保育所を増やせ」「主婦に税金を払わせろ」
「主婦に年金保険料を払わせろ」というのが顕著に
 それを物語っている。

男女均等、男女平等などから女子・婦人自立などと
謳う、いわゆるフェミニストに関する記事がありました。

全ては引用になりますが要保存の重要性および多くの方々に
目を通して頂きそして、DV防止法など一見、正義・正当な
法律としかみえない法や行政としか見ない為に安心・信用
や信頼が固定感であるが為に、職権や権限・法律を悪用し
多くの子供・女性・家族が自己利益追求のため犠牲になって
不幸に陥っています。

また犠牲者は行政の権限や権力に泣き寝入り状態なのです。
頼りになる警察や司法(裁判所)などすべて行政ですから。

その悪の思想が現在のフェミニスト思想です。
これらを元にして自己利益追求が容易にできるために
正当な大義名分と行政の信頼を傘にして悪業を平然と
行い、知らぬ間に彼らに権限や職権を与えてその悪業
を法的に正当化、隠し蓑になっているのが現実です。

警察でも裁判所でも正当であり、真実をいくら訴えても
虚言や妄想扱いされ犯罪者扱いまでを受けてしまいます。

それは警察などの検証・調査など不要でも児童相談所
婦人相談所(女性相談所・女性センター)など所長権限
都道府県知事や警察、裁判所よりも権限・職権が強力
である事。それが正当な場合にあれば問題ないが普通の
何ら暴力や問題のない家庭で使用された場合はたとえば
普段から平和的な夫が暴力夫に創り上げられます。

現実に当方もそうなり、また数多く、同様の被害者が
全国各地に大勢います。それに便乗する悪徳弁護士も
存在します。当方の掲載している資料を見ていただける
と判りますが、全く嘘であり非現実な虚偽内容の申し立
てを弁護士は裁判所に提出しました。裁判所も弁護士の
作成した申立書にある内容が事実であるとしかみません

その危険思想の基になっている考えを知ってください。


フェミニズムの害毒
  林道義草思社、1999.08/30。


序章 フェミニズムの変質

 フェミニズムは女性の味方ではなくなった。
フェミニズムは真の男女平等を目指すものではなくなり、
歪んだものへと狭隘化し、硬直化してしまった。

フェミニズムは男女が平等に協力し合える関係を築くのを
妨害する働きさえしている。

 フェミニストの間では、「男なんて利用すればいいのよ」
「だまして使えばい いのよ」 と、半ば公然と話されている。

 日常の仕事を軽蔑し、外の、文化的な活動の方に価値がある
と見なす心理を、 私は「青い鳥コンプレックス」と名付けた。

 この心理に取り付かれると、女たちは家事や育児の手を抜き、
ひたすら外の世 界に刺激を求めるようになる。

 1998.11/〜12/、朝日新聞特集、「専業主婦の憂鬱」 

寄せられた投書は、始めは主婦で憂鬱というものが
多かったが、後半は、主婦で幸せという調子に変わった。

こういう特集を組むこと自体が間違っている。

勤労を貴ぶ近代精神が、女性に対しても
「働けイデオロギー」を押し付けた。

この働けイデオロギーに取り付かれた女性インテリは、
 旧来の価値観を検証もな しにぶち壊した。

三才までの幼児は母の手で育てた方が良い、
 という事さえ、「三才児神話」と名付けて一蹴した。

 フェミニストは、「多様な生き方」や「多様な家族形態」を
 認めよと言い立てるのに、専業主婦という生き方だけは全面
 的に否定し、汚い言葉で貶め、軽蔑を 隠そうとしない。

 乳幼児にとって母親の育児が必要なのは、心理学、教育学、
 生理学、大脳生理 学、で常識である。

これを反証する研究はひとつも見当たらない。

 「厚生白書 平成10年版」には、
 「三歳児神話には合理的な根拠はない」と記載された。

たったひとりの愚かで不勉強な女性官僚の記載を、
 厚生省の誰もチェック出来なかったばかりか、
 新聞各紙は快挙として持ち上げた。

 育児休暇は一年では不充分。多くの女性は、
 子供の手が離れたら再就職したいと願っている。

ところが、フェミニズム行政は、ゼロ才保育を推奨して、
育児休暇の延長を実現する方向には動かなかった。

M字型就労形態を否定した事で、フェミニズムは女性の
 社会進出を逆に妨害する形になった。

 フェミニストを量産しているのは、権威主義的な、
 家父長的な男性である。
 
 父親の「稼いで来る者がえらい」という論理が、
 娘の、「では外で働こう」という論理を招く。

夫婦、家族はそれ自体助けあって成り立つという
 視点が欠けている。

フェミニズムの害毒 第二章 母性への攻撃 (3)

フェミニズムの害毒
  林道義草思社、1999.08/30。



第二章 母性への攻撃

 フェミニズムの最大の害毒は、母性を否定することである。

母性本能でさえ、「母性神話」に過ぎないと斥ける。
 現実を見ず、奇弁を弄さねば自己弁護ができない。

 1999.8/26、毎日新聞
 香山リカ「雑誌を読む」欄で私の論文が否定されている。

ここでは私の「母性を持つのが当たり前」という意見が、
 いつの間にか「子 供を持つのが当たり前」という意見に
 すり変えられて、お陰で「不妊症の人達 が不当な扱いを
 受けてきた」と非難されている。

 1998.8/5、朝日新聞学芸部記者・杉原里美、
 コラム「私の見方」欄で「主婦の復権」を批判。

ここでは、山崎喜比古の意見を引用して、
 「働く女性よりも専業主婦の方が育児によるストレスが高い」

これは『密室育児』の弊害だ」と締 めくくられている。
 働く女性より専業主婦の方が、育児によるストレスが高いの
 は当たり前の事だ。しかも、密室育児という、最悪ケースだけ
 取り上げて、上手 に育児を楽しんでいるケースを無視している。

 彼女らは、何をごまかし、何から眼を反らそうとしている
 のか。へ理屈は圧倒的に、
「母性」「主婦」に終始している。
 曰く、「女性を母性に閉じ込めるな」 「母性を押し付けるな」
「育児に縛りつけるな」、
「母親だって女だ、たまには息 抜きもしたい」これでは、
「母性は大切だ」と 言う者はみな、母親を母性に「閉じ込める」
「縛り付ける」「押し付ける」者というイメージを「押し付け」
られてしまう。

 フェミニストのごまかし言葉は巧妙である。

 落合恵美子はこう言う。

「今や専業主婦は贅沢品である」こう言われると、 時代遅れで、
不要で、後ろめたい気持ちにさせられてしまう。

しかし「贅沢品」という言葉は、どうとでも取れる、
対象を特定しない言葉なのだ。贅沢というの は、必要でもない
 のに、負担になる品をさす。

家族の命や健康を守る行為の、どこが贅沢なのか。
むしろ、それは「余裕」と言うべきだ。

 主婦は贅沢だという言葉の裏には、
 「女性が外に出て働くのは大変だ」という 意味と、
家にいる女性への羨ましさが滲み出ている。
 そんなに羨ましいなら、専業主婦を選べば良い。

働く方を選んだのなら、他人を悪く言ってはいけない

 主婦を贅沢品よばわりするのは非論理だが、
 言葉のマジックで強い効果を与えてしまう。

それは、現代社会に氾濫するキャッチコピーと同じである。
 コマーシャ ル社会で育った世代はその手法を自然に身に
 付けている。「主婦は贅沢品」というフレーズも、
 実によく出来たコピーだ。

 「母性神話」「三歳児神話」というのも同様。

 神話というと科学的根拠がないものという印象を与えてしまう。

しかし、科学的根拠のないのはフェミニスト の方だ。

 私の知る限り、「幼児にとっての母親の大切さ」を否定する
 研究はひとつもない。さんざん探した上で言っている事だ。
 ひとつでもあれば、教えてほしい。

神話でもないのに、「神話」だと決めてかかるのは、
 立派な詐欺行為である。

 昆虫の本能はすべてプログラムされている。
 しかし、高等動物の本能は、条件 によって発動する。

(例、インプリンティング=卵から孵った雛が、
   最初に見た者を親と思い込む)

 これをフェミニストは、人間には本能がないとねじ曲げて
 独特で勝手な解釈する。

 調布市市報「雑学・女と男7」より、
 「最近の研究で男女の別なく、乳幼 児と触れ合った経験を
  持つ者が愛情を持ち、世話をしたいという気持ちを、
  積極的に持つ事が明らかにされ、母性愛は本能でない
  事が分かってきました」

 最近の研究でなく、昔から判っている事だ。
 どうしてそこから、「母性愛は本能でない」と飛躍するのか。

公務員の中に、国家滅亡の為の革命因子が紛れ込んでいる
 としか言えない現象だ。

 現代には、病理現象としての母性喪失がある。

 1998.11/11、朝日新聞、「仕事と保育」 ここでは、
 子育ての為に退職したが、今では後悔しているという
 主婦の記録が記されている。
 「子供と一緒に家にいると一日がとても長い」

長女のおしゃぶり癖が直らない事や、
 食事が遅いという だけで、いらいらして仕方がない。

なかなか寝つけない長女に、『どうして眠ら ないの』と
 手を上げてしまう」この三つの症状、
 「おしゃぶり癖」「食事が遅い」「寝つかない」は
 明瞭に母性不足を物語るもの。

それまで保育園に預けられていた娘は、
 四才から子育てに 復帰した母親に、それまでの愛情不足
 を取り戻そうと甘えているのだ。

 ところが この母親は、「自分は子育てに向いていない」
「働いた方が良い」とすぐに結論 してしまう。

 子供を育てるには、相当な学習が必要である。
 今の教育機関は、女性が差別さ れている事ばかり教えて、
そういう教育を怠って来た。

 同日同欄の記事。乳幼児を保育園から連れ帰る母親が、
 通りすがりの人から、
「小さいうちから保育園なんてかわいそう」と言われた事を
 指し、記者は、「『かわいそう』という無神経な言葉」と
コメントする。大新聞の記者がすでにこの姿勢。

 働く女性も、マスコミ記者も、乳幼児保育の弊害に無神経で
 あり、弊害を隠して、抑圧してまで保育所にこだわるのは、
彼女達が子育てから「解放」されたい からであり、世代的
 な母性喪失を物語っている。

 母性喪失の原因は次の三つ。

一、父母の仲が悪い。
二、母親にかわいがられた経験がない。
三、夫との仲が悪い。もしくは、離婚している。
四、育児に対する 無知。

フェミニズムの害毒 第三章 家族への攻撃 (4)

フェミニズムの害毒
  林道義草思社、1999.08/30。



第三章 家族への攻撃

 落合恵美子、伊田広行斎藤学三者の家族論に潜むのは、
 アナキズムである。

 フェミニストは近代家族を批判する。

それは、永遠なものではなく、近代社会の産物であるという
 だけで否定してしまう。

しかし、近代家族には、やっと達成 された、
 素晴らしい側面が幾つかある。

女性の地位は家族の中で保障される、育 児や教育にも保障
 が与えられている。

女性を抑圧するから近代家族は間違っているというのは、
 早計である。

 その背後にあるのは、働けイデオロギーであるが、
 働けイデオロギーこそ、近代社会の産物である。

マックス・ウェーバー、フランクリン、二宮尊徳
 マルクス主義、すべてが働けイデオロギーを売り物にしている。

 フェミニストは、家族も変わりつつあると主張する。
 離婚家族、シングルマザ ー、離婚した者同士の複合家族、
 ゲイカップル、同棲、成人した子供が親離れしない家族、独身者。

これらすべては、新種というよりは、近代家族の変種である。
 なんら、新しいものではない。

 アメリカ、イギリスでは、家族の修復、家族回帰現象が
 ブームになっている。

 マーサ・スチュアートは、家庭運営をテレビや雑誌で説いて
 人気を博した。

それは、マーサ現象と呼ばれるほどのものになった。

 1999.3/7、「婦人公論」では、イギリスの家庭回帰現象が
 特集されている。

チルドレン・カム・ファースト(=子供が第一主義)で、
外で働く事を進歩と捉えていた従来の見方に疑問を投げ掛け
 ている。


 落合恵美子、「21世紀家族へ」 有斐閣

 ここでは、「家族の時代は終わり、個人を単位とした時代が
 「始まるだろう」と説かれている。

落合は資料を駆使し、「希望的観測ではない」と言いながら、
 希望的観測をすべり込ませている。

 落合は勤草書房からも本を出している。
 そして、個の時代が 始まるという。

しかし、彼らの先輩である廣松渉氏は、
 純粋な個など存在しないと説いている。

父 としての我、教師としての我、通行人としての我といった
 役割性格は存在するが、それらを剥ぎ取った無色透明の我は
 存在しないというのが、マルクス主義的社会 観の筈だ。

 フェミニストは、自分の都合の良い時は、
 「アメリカではこうなっている」と宣伝するが、
そのアメリカで家族回帰現象が起こっている事については、
 黙して 語らない。
そういう本は、日本語に翻訳されさえしない。

 伊田広行、「シングル単位の社会論」世界思想社。ここでは、
 差別的な社会秩序の変革の為に、家族単位から個人単位へと語られる。

 家族が差別的だという根拠は、夫婦間、家族間に経済力格差
 がある為だと指摘 する。

よって家族を解体し、個人にすべきだという乱暴な理論。
 そもそも、経済力なるものに至上権を与えた上での議論。

 さらに、伊田の無茶な結論。
「家族の枠を揺るがそう。家族のような連帯を社会的に作ろう」
 ここまで、家族は差別的だと論じて置きながら、
 家族の中には 連帯という良いものがあると認めている。

家族は素晴らしい、と言っているのと 同じである。
 ここからアトミズム論を展開するにしても、幼稚な理論。

 アトミズム理論は、近代以前の、ホッブズやルソーと同じである。
 彼らは、絶対王権の下で芽生えた、商人や職人組合の中での、
 近代的市民社会の合意を知らなかった。

 様々な組織や団体の約束事の中から、近代的合理主義、
 その人格が生 まれた。ホッブズやルソーの社会契約論は、
 丸裸の個人が国家と結ぶべきもので、
 本当の市民社会を知らない者の発想である。

 家族単位を捨て、個人単位にすると、子供の扱いが問題になる。
 フェミニスト は執拗に標準家族を攻撃するが、
標準家族そのものが差別的なのではない。

 そこ から外れる者を蔑視する風潮を問題視すべきなのだ。


 1999.3/2、3/9、毎日新聞連載コラム、
 斎藤学、「オトコの生きかた」より。

 スウェーデンのシングルマザー礼讃。
 スウェーデンでは育児に関心を持つ男しかパートナーにはなれない。
日本では、子供が、冷めた夫婦関係を維持する道具 として
 使われている。という内容。

 ここでは、スウェーデンの最良の部分と、日本の最悪の部分
 とを比較して、ス ウェーデンに軍配を上げている。

ごまかしレトリックのひとつである。スウェー デンの
 シングルマザーの多くには、父親役の男性なんか付いていない。

悲惨さは 日本と変わりはない。

 さらに斎藤は、
 「戸籍が幅を利かせているうちは、少子化の勢いは止まらない」
  と述べている。

戸籍をなくせば、シングルマザーが増えて、
 子供が増加すると言いたげだ。

 斎藤の理論には、アナキズムが隠されている。

 毎日新聞に限らず、大新聞、小新聞の家庭欄、生活欄、
 学芸欄はこぞってフェ ミニズムに媚びているが、
それは破壊思想を宣伝しているようなものだ。

 これらの欄は、フェミニスト女性記者の溜まり場になって
 いる。家庭欄は女性 に任せて置けば良い等と思っていると、
 ひどい事になる。

新聞社の女性はみな「働 く女性」だから、
 たいていはフェミニストである。

中にはヒステリックなのもいる。
 読者は毎日、洗脳されているようなもの。

この偏向を批判する人もいない。
 多くの人はおかしいと思いながら批判し得ない。

フェミニズムの害毒 第四章 保育所神話の危険度 (5)

 第四章 保育所神話の危険度

 フェミニストに取って、保育所は絶対に必要な施設である。
 フェミニストは躍起になって保育所を美化する。

 「乳幼児にとって母親は必ず しも必要でない。
  育児の専門家も居て、友達もできる保育所の方が良い」と
 いう、ゼロ歳児神話、保育所神話を作り上げた。

 保育所は、始まったばかりの実験に過ぎない。
 これを美化するのは、危険である。

 金属バット子殺し事件の教訓

 その幼児は、数年に一度の過敏症の子供であった。

 過敏な子供については、母 親の育児が不可欠である。
 配慮もなく、無神経な環境に入れられると、子供は回りから
 虐待を受けているような気持ちになる。

 慣れれば大丈夫とばかりに、心の虐待が続くと心が破壊されて
 しまう。子供はやがて、周囲に怒りや恨みを持つ ようになる。

 このケースは明らかに、フェミニズムによる「保育所神話」の
 犠牲者である。 フェミニストは、
 「子供は適応力があるから、ゼロ歳から保育所に預けて大丈夫」
 と請け合った。しかし、不適応を示す児童もいるのだ。

 そういう根拠のない理論を無責任に流した者にも罪がある。

 1999.5/3、「アエラ」では、尾木直樹の調査により、
 保育所児童の言動の乱暴 さが取り上げられている。

 1994.3/4、「朝日新聞」より、保育所の園長の手記。
 (全文引用)

 子供を施設や病院に預けて至れり尽くせりに育てても、
 暖かい家庭や両親の愛 情に勝るものはない。

 最長で深夜の十二時まで認められる延長保育にも、
 同じ事が言える。私どもの 保育園でもこんな風景を目にする。

 冬の夕方、真っ暗な夜道を母親が迎えに来る。

 保育室のドアが開く音とともに、寝ていた幼児がいっせいに
 ドアに注目する。自分の親と気付いた幼児の嬉しそうな表情は
 見ていて微笑ましいが、自分の親では ないと知った子の
 寂しげな表情は見るに忍びない。

 「もうすぐお母さんが迎えに 来るからね」とあやす若い
 保育者の姿にも心が痛む。

 むずかる子を抱きしめて冬の夜道を家へ急ぐ親の後ろ姿に
 疲れは隠しきれない。 夕食を用意しているうちに子供は
 寝てしまい、満足な食事もできないだろう、と余計な心配もする。


 本当に子供の立場で育児を考えた時、果たして、
 乳児(0〜2才)も、幼児(3 〜5才)も、
 十把ひとからげにした保育時間の延長で良いのだろうか。

 幼児ならともかく、乳飲み児まで保育時間の延長を強いられる
 事には大きな疑問を感じる。

 子育てには、「適時性」という言葉があり、その年齢ごとに
 育まれるべき大切 な事がある。

 0、1歳児に置いては本来、スキンシップ等の愛情行動を通し、
 母親の肌のぬくもりを感じとる時期である。

 そうした母子関係の営みが、子供の心を安定させ、
 また親としての自覚を生み出す。
 そのとき始めて母子の心の絆が結ばれる。

 心の絆が育たないまま成長した子供は、
 糸が切れた凧のようになる恐れがある。

 小中学校の不登校や非行化などの背景には、ひょっとしたら、
 乳幼児期の偏った子育てのあり方も原因の一端となっている
 のかも知れない。

 当時の朝日新聞には、まだこんな投書があった。

 ほとんど戦時下、非常体制 下の文章である。
 最近の新聞は、働く女性にとってマイナスになるような意見は
 絶対に取り上げないという姿勢を示している。

 その代わり、何度も取り上げられるのは、密着育児の弊害
 ばかりである。良い事が陥められ悪い事が持ち上げられている。

 1998.10/8、「朝日新聞」 杉原里美ほか三名の記事。

 「育児は母」という言葉に
 「追い詰められ」「罪悪感に泣いて出勤」した母の体験が
 取り上げられ、「母 性神話の重さ」が槍玉に上げられている。

 働く事が無前提に良い事で、家事や育児は強制、
 抑圧のように描かれるのが主流。

 いまの新聞の家庭欄、生活欄、文化欄はフェミニスト
 よって占領されている。

 だから「母性神話」「三歳児神話」を否定する記事しか載らない。

 子供と母親との結び付きは胎内に遡る。
 だから、いくら優しくても他人では駄目なのである。

 悪しき「密着育児」キャンペーン

 マスコミの主流では、育児ノイローゼや、幼児虐待の原因が、
 すべて「密着育 児」に帰せられている。多くの弊害は、
 母性不足による。堺で起きた、十九才の 青年により、
 一人死傷、二人刺傷の犯人は祖父母の手によって育てられている。

 母が働きに出た方が、母子双方の健康に良い等という意見は、
 いかにも無責任 な、自己満足の為の意見だ。

 宮台真司もまた、フェミニズムに加担する姿勢を見せている。

 その著、「透明 な存在の不透明な悪意」では、専業主婦とは、
 子供の為に生きる存在と狭く定義 した上で、それは子供の
 自発性を損なうし、母親の為にもならないと結論づける。
 ここでは、子供を大切にする事が、子供の為「だけ」に生きる
 存在と、すり変えられている。

 学歴偏重と出世主義は、専業主婦よりは、
 働く女性の方に多く見られる傾向で ある。

 鈴木光司も、フェミニズムにすり寄っている。
 その著、「家族の絆」の中で、
 「父よ、もっと家庭に、母よ、もっと外に」と謳い、
 「保育園の充実」を訴えて いる。

 「密着育児」「密着育児の弊害」という騙し言葉。

 これはフェミニストの、ごまかし言葉の一種である。
 誰も密着などしていない。

 育児ノイローゼになる女性に聞くと、その多くが
 「だっこ」さえしていない。

 密着しているよりは密着していない方が
 育児ノイローゼに掛かる率が高い。

 密度濃くかわいがる?

 保育所を批判すると、その弁護論は必ずいつも決まって
 こう言う。母親が帰宅 してから、「集中的にかわいがれば良い」
 「密度濃く愛情を注げば良い」果たして、
 「集中的に」「密度濃く」かわいがるとは、どういう事なのか。

 具体的に想像してほしい。

 強く抱いたり、たくさん触ってやったりしたら、
 子供の 方は慌立たしい雰囲気を感じて、
 かえってストレスになりかねない。ゆったりした気持ちで、
 ゆったりした時間の中で接してこそ、愛情が感じられるものだ。

 働いて、保育園から子供を引き取って、帰宅した母親は、
 あとは食事をさせて 風呂に入れるのが精一杯だろう。

 さらに愛情を注ぐには、毎日勤めに出なくても 良い、学者、
 大学勤務などの恵まれた母親だけである。

 普通の、働いている母と 子の毎日は、
 「戦争のようだ」と言う人も多い。

 乳幼児保育をなくす事こそ理想。

 最近の若い女性は、「子供=負担」という心理を持っている。

 長年、フェミニズム思想、勤労第一主義に晒されてきたせいで、
 子供に愛情が持てない。

 「女性の進出」「女も働け」という言葉と「子供=負担」という
 見方は裏表である。

 大学で子育ては素晴らしいものだと言うと、
 学生達は、「そんな事は始めて聞 いた」とびっくりする。

 多くの女性は美容やダイエット思想に染まっているので、
 「妊娠してお腹の大きい自分を想像するだけでゾッとする」と言う。

 フェミニズム思想に洗脳された女性は、
 子供を持って母になる事を、「堕落」 「駄目になる」、
 「程度の低い生き方」「戦線離脱」という風に捕えてしまう。

フェミニズムの害毒 第五章 ジェンダー・フリーは危険思想 (6)

 第五章 ジェンダー・フリーは危険思想

 フェミニズム教師が、さらなるフェミニズム偏向教育を導入
 しようと目論でいる。彼らの共著、
 「実践、ジェンダーフリー教育、フェミニズムを学校に」では、
  性差を悪として葬る事を使命としている事が伺える。

 編者のひとり森陽子は「三歳児神話を問う」という実践授業で、
 保育所礼讃 を説き、密着育児を批判し、義務教育の中で、
 堂々と、非科学的な偏向教育を行っ ている。

 これは、戦争礼讃や共産主義思想を生徒に教え込むのと同じ
 くらいに判されて良い偏向教育である。

 東京女性財団は、1992に設立され、財政赤字の東京都から
 年間四億もの予算を貰っている。

 自治体や公民館の催す女性セミナーでは、
 十回のうち三回はフェミニストが招 かれている。

 ここでは専業主婦を相手にフェミニストが、
 「主婦は夫や子供に仕 えるだけの、つまらない存在だ」とか、
 「家の外に生き甲斐を探せ」と扇動している。

 主婦の投稿誌「わいふ」の編集長・田中喜美子は、
 公民館の女性セミナーを使っ て会員を増やしている。

 聴衆を相手に、「専業主婦で嫌だと思っている人」と
 挙手を求め、サクラが手を上げるという手口。

 そこから二人のやり取りで、専業主婦は不満を持っている
 という事実が、歪められ、作り出される。